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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)423号 判決

控訴人 被告 美濃部浩吉 外一名

訴訟代理人 大橋光雄 外一名

被控訴人 原告 小木曽晴之助

訴訟代理人 中村高一

主文

本件控訴を棄却する。

原判決を左のとおり変更する。

控訴人等に対する関係で、被控訴人が原判決添付目録記載の株式について、株主であることと、訴外日本競輪株式会社に対し被控訴人名義に名義書換を請求する権利を有することを確定する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一ないし第三項同趣旨の判決を求めた。

当事者双方代理人の陳述した主張の要旨は、左記の外は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

被控訴代理人は、美濃部洋次は昭和二十八年二月二十八日に死亡し、その長男美濃部浩吉と妻美濃部君子とがその相続したのであるから、両名は本件の債務も承継したものである。美濃部洋次が本件株式について日本競輪株式会社に株式申込証拠金を払込んだのは昭和二十四年四月二日で、右会社が株式の一般発行をなしたのは昭和二十四年九月一日である。なお、後記控訴人等の主張に対し、本件の申込証拠金領収証が控訴人等主張のように詐取されたことは不知だが、被控訴人が悪意の取得者であることは否認する。控訴人の悪意の取得の主張は原審においてはなんら主張されずに当審で初めてなされたものであるから時期に後れたものとして却下を求める。株金払込金領収証が白紙委仕状付で転々譲渡されていることは商法第二〇四条第二項の規定が設けられた以前と以後とでなんら変るところがない。右規定は、株券の発行前では株主名簿え記載して対抗要件を具備させることができないから、権利関係の混乱を防いで会社を保護するために設けられたのに止まり当事者間の譲渡の効力又はその善意取得を認めている商慣習は、これがためになんの影響をも受けない、なお同条でいう「発行」とは、株式の均一性と株主の平等ということからしても、一般的に株券の発行が開始されたら、すべての株主について名義書換請求権が発生すると解するのが当然であつて、会社がなんらかの都合で、殊に譲渡した株主と通謀して、株券の発行をなさないでいて、まだ発行していないからといつて、会社において譲渡を否認するというようなことはとうてい許されないのであるから、右発行は一般発行と解するのが当然であると述べた。

控訴代理人は、本件の株式申込証拠金領収証及び美濃部洋次の白紙委仕状は日本競輪株式会社のために担保に供して他から金融を受けるために、美濃部洋次が右会社の取締役、経理部長である訴外植松義夫に交付し、同人が更に訴外松江浩正に、金融を依頼して交付したところ、更に訴外晴山、松本等の手を経て、訴外米山某、小笠原健次、村田騏一郎、松波鍾三郎等から金融先を斡旋すると偽わられて詐取されたものであるが、被控訴人は右の事実を知りながら売渡担保として、これを取得した悪意の取得者である。被控訴人主張の相続の事実は認めるが、日本競輪株式会社が昭和二十四年九月一日株式の一般発行をなしたことは否認する。

商法第二〇四条第二項の株券の発行とは、いわゆる一般的発行というのではなく、個別的発行を意味するのであり、被控訴人の本件払込金領収証の取得は本件株券の発行前である。しかして、株券発行前の株式の譲渡は昭和十三年の改正後は「会社に対して効力を生ぜず」と明文で規定されたのであるから、会社に対する関係では絶対に無効で、当事者間では権利者から正当に譲渡せられることは有効として認むべきであるが、払込金領収証を有価証券と解して善意取得を認むべきではないし、これを認める商慣習も存在していない。故に被控訴人はいずれにしても本件株式についてはなんの権利をも取得していないのである。なお、従前の本件株式について名義書換を求める請求に対してなした主張は全部撤回すると述べた。

当事者双方の提出援用した証拠方法とそれに対する認否は、左記の外は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

被控訴代理人において、甲第五ないし第十号証、第十一号証の一ないし六を提出し、甲第二号証の一ないし三十及び同第三号証の一ないし六の各美濃部洋次名下の印は同人の印として日本競輪株式会社に届出られたものと同一であると述べ、乙第一、第三号証、第十四号証の一、二ないし第十九号証、第二十一号証証の成立を認める。乙第八号証及び乙第九号証の同一原本の存在とその成立及びその余の乙号各証の成立はいずれも不知であると述べた。

控訴代理人は乙第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第十二号証(但し第八、第九号証は写)、第十三、第十四号証の各一、二、第十五ないし第二十二号証を提出し、当審での証人松江浩正、藤田国之助、長島秀雄、阿部康二、小山正之助、柳沢真三男、玉利信吾の各証言並びに控訴人美濃部洋次及び被控訴人各本人尋問の結果を援用し、上記甲号各証は全部その成立を認める。なお甲第二号証の一ないし三十、及び第三号証の一ないし六の各美濃部洋次名下の印が同人の印として日本競輪株式会社に届出られたものと同一であることは認めると述べた。

職権によつて、当審において、鑑定人内田稲男の尋問をなした。

理由

各その成立に争のない甲第二号証の一ないし三十並びに同第三号証の一ないし六、当審証人松江浩正の証言により各その成立を認めることのできる乙第二号証並びに第四号証の一、二、及び原審証人秋山武次郎、当審証人松江浩正の各証言、並びに原審と当審での被控訴人当審での控訴人美濃部洋次の各本人尋問の結果によれば、亡美濃部洋次は日本競輪株式会社の株主で右会社の取締役社長であつたところ、昭和二十四年五、六月頃同人が右会社の新株式について払込んで右会社から受領していた同人宛の増資新株式申込証拠金領収書と同人名義の株券の受領証を一葉に記載した証書(以下申込金受領書と略称する)、すなわち一株金二十円の割合で一千株分金二万円のもの三十枚(甲第二号証の一ないし三十)を、同人名義の株式名義書換用の白紙委任状六通(甲第三号証の一ないし六)――なお右甲第二号証の一ないし三十及び第三号証の一ないし六の同人名下の印は右会社に届出でられたものと同じであることは控訴人等が明に争わない――を付けて、右会社の取締役で経理部長をしていた訴外植松義夫に交付して、右三万株の申込金受領証を担保として、右会社のために金融を受けることを依頼した。植松義夫は訴外天沼某に、同人は訴外晴山某に、同人は訴外松本匡正に、同人は訴外米山某に、同人は訴外小笠原某と同村田某に、同人等は訴外松波鍾三郎に、同人は昭和二十四年十一月頃被控訴人に、それぞれ右三万株の申込金受領証に上記白紙委任状を付して金融の依頼をした。被控訴人は松波鍾三郎と右申込金受領証を売渡担保として、弁済期に債務を返済しないときは被控訴人において換価処分しても異議がない旨を約して、同人に金十一万円を利息日歩金三十銭、期限一ケ月の約で貸与したことを認めることができ、外に右認定を動かすことのできるなんの証拠もない。控訴人等は松本匡正、松波鍾三郎等が共謀して晴山や右会社に金員を交付する意思なくして右払込金領収証を詐取し、被控訴人は右払込金領収証を受領するについて悪意であつたと主張するから判断する。被控訴人は右悪意の主張は民事訴訟法第一三九条によつて却下を求めると主張するが、本件訴訟の全般の経過によつて右抗弁により特に訴訟の完結が遅延するとは認められないから、被控訴人の右異議は理由がない。しかしながら、控訴人等の提出援用にかかる全部の証拠によつても、被控訴人が悪意、又は重大な過失があつて右払込金領収証を受取つたことを認むることはできないから、この点に関する控訴人等の主張は、その他の点について判断するまでもなく、失当である。

被控訴人は商慣習によつて右三万株の株式について株主たる権利を取得したと主張し、控訴人等はこれを争うから、この点について次に判断する。各その成立について争のない甲第五ないし第九号証、第十一号証の一ないし六、乙第十九号証、当審証人柳沢真三男の証言により原本の存在とその成立を認めることのできる乙第九号証及び当審での控訴人美濃部洋次の本人尋問の結果によれば、同人が上記認定のように、本件の申込金受領証に白紙委任状を付して植松義夫に交付して金融を依頼した当時には、実質は株式払込金領収証に代つていたことと、右会社は増資の新株式については昭和二十四年九月か十月頃には株券の印刷を完了したが、特にその旨を一般株主に対し通知することなく、株主からの請求に応じて順次株券を引換交付していたことを認めることができ外に右認定を左右することのできるなんの証拠もない。故に右会社は、昭和二十四年十一月当時にはまだいわゆる一般発行がなかつたと解するを相当とする。各その成立について争のない甲第五ないし第九号証、第十一号証の一ないし六、乙第十八号証、当審証人柳沢真三男の証言によつてその同一原本の存在とその成立を認めることのできる乙第八、第九号証及び当審証人小山正之助、阿部康二、柳沢真三男、長島秀雄の各証言並びに当審での鑑定人内田稲男の鑑定の結果によれば、株式市場では、株券発行前の株式についての申込証拠金領収証(実質は株式払込金領収証)を、昭和二六年の改正商法施行前は株式名義書換のための白紙委任状付で施行後は譲渡証付で、昭和二十三年から二十八年六月三十日までは株券の一般発行後十五日間に限り、同年七月一日からは株券の一般発行後は十日間に限り流通されていること(少くとも昭和二十九年一月当時までは)を認めることができ、右認定を動かすことのできるなんの証拠もない。右甲第五ないし第九号証、第十一号証の一ないし六、及び当審証人小山正之助、阿部康二の各証言によれば、株券発行前の株式については申込金領収証(実質は株式払込金領収証)に名義書換用の白紙委任状(改正商法施行後は譲渡証)付で流通され、第三者がそれら善意でかつ重大な過失なくして取得した場合には、第三者及び会社に対する関係を別にすれば、その株式についての権利、即ち実質的には株主たる権利を取得するとの商慣習法、少くとも商慣習の存在することを認めることができる。このような商慣習の存在は旧商法当時ではあるが大審院も認めていたところである(昭和八年四月二八日判決民集一二巻九六六頁参照)。もつとも成立に争のない乙第二十一号証、及び当審での証人長島秀雄、阿部康二の各証言及び鑑定人内田稲男の鑑定の結果によれば、右のような場合に、最初の権利者から領収書について盗難、詐取、紛失等の届出がなされた場合には、買主は売主に対しその事故株式を返還して、新に新株式の交付をさせるか又は代金の返還を受けるような取扱が証券業者間の取引についてはなされることを認めることができ、右認定の商慣習の存在を否定するような観はあるが、上掲各証拠と甲第十一号証の六によれば、右のような取扱がなされるのも、会社が上記のような届出のあることを理由として株券の交付を拒むときは、買主は株券の交付を受けることが事実上できなくて権利の行使に不都合を来たすので、買主に損害を生ぜしめない趣旨で右のような取扱をなしていることを認めることができるから、右取扱の存するとの一事で上掲商慣習法ないしは商慣習の存在を肯定する支障とはならない。上記甲第十一号証の六、成立に争のない乙第十四号証の一、二、並びに当審証人玉利信吾の証言によりその成立を認めることのできる乙第二十号証及び当審証人玉利信吾、阿部康二の各証言によれば、昭和二十八年頃から株式会社では、事務の簡素化と印紙税が高くなつた関係と、払込金領収証について法律上の疑義――払込金領収証による株式の善意取得が認められることについて上級審の確定的の判例がなく学説にも反対がある――の存することなどからして、申込証拠金の領収証を発行することなく直ちに、株券を発行したり、又は譲渡、売買及び株券との引換をなしえない旨を明記した単なる株式申込受付票のようなものを株式申込人に交付するだけである取扱が生じてきていることを認めることができるが、まだ申込証拠金領収証の発行が全然廃止されているとは認められないのみならず、上記認定のように本件の申込証拠金領収証を被控訴人が取得した昭和二十四年十一月頃は相当多数の会社において増資が行われたが印刷の能力がおちていた関係で、株券を印刷するのに最低で二ケ月、最長で六ケ月位を要していたので、その間投資をした株主が全然株主たる権利を売買できなくて困つたので、その必要上、上記認定のように申込証拠金の領収証による取引が相当行われるにいたつたことを認めることができるのであるから、上記の事実は右認定の商慣習法ないし商慣習の昭和二十四年当時の存在を肯定するのになんの支障にもならない。さらに、右認定のような、白紙委任状付の申込証拠金の領収証による善意取得の商慣習法ないしは商慣習が法律上そのまま許されるかどうかについて一言する。

株券発行前の株式又は権利株の譲渡は証券取引法第二条第六号によつて明に認めているばかりでなく、商法第一九〇条、第二〇四条第二項もこれを予想していることは窺われるが、一方、商法が、株券が有価証券として転輾流通することを前提として、株券発行後の株式の譲渡方法、即時取得又は株券を無効とする手続等について詳細に規定して、いわゆる取引の安全と株主の保護との双方を考慮しているのに対し、株券発行前の株式又は権利株の譲渡については、これらの点についてなんの規定をもしていないばかりではなく第一九〇条と第二〇四条第二項の規定で、その譲渡は会社に対して効力を生じないものと規定しているところを考えると、株式の引受が投機に利用されて会社の設立自体が危くなることを防ぐ趣旨と、株主名簿の調整以前では、事務的の立場から会社に対し適当な対抗制度を見出し得ないことを主たる理由とすることを窺い得る。しかしながら、株式会社は、株式を広く一般大衆から募集して資本を集め、大規模の企業を遂行することを理想としているから、その為には株式が最も容易に入手し得ることと、又かんたんに換価し得ることが必要であり、この後者の要求を満たすために上記のように、上記認定の商慣習法ないしは商慣習が発生するに至つたのである。右二つの要求を彼此考えてみるに、昭和二十三年の商法の改正によつて全額払込主義が採用され、株式の引受に当り株金額相当の申込証拠金が支払われる限り、上記のように株式の引受が投機に利用されて会社の設立自体を危くするようなおそれは全く解消してしまつたのであるし、株券発行前の株式について会社に適当な対抗制度が存在しないということは、株券の発行前の譲渡についてはその発行前は会社に対し主張し得ないとすれば充分にその目的を達し、当事者間の関係においてまで株式の譲渡を無効とする必要はなにも考えられない。そうであるから上記認定の商慣習法ないしは商慣習は法令の規定に牴触することのないのはもちろん、公秩良俗に反するものではないから、商慣習法ないしは商慣習としての効力を有するものと解せざるを得ない。以上の諸認定に反する乙第九、第十一、第十二号証、第十三及び第十四号証の各一、二、第十八号証の各記載、並びに当審での証人阿部康二、藤田国之助、柳沢真三男、小山正之助、玉利信吾の各証言は、いずれも当裁判所の採用しないところである。しかして、右認定のような商慣習については、特に反対の意思表示の認められない本件においては、美濃部洋次はもちろん被控訴人その他の関係者も右商慣習によつたと認めるを相当とする。

被控訴人主張の原判決添付目録記載の株券が、上記認定の美濃部洋次の申込証拠金領収証に対応するものであることは控訴人の認めて争わないところである。そうであるから、上段認定のように、本件の申込証拠金領収証(実質においては株式払込金領収証)を白紙委任状付で、善意でかつ重大な過失なく取得した被控訴人は、その当時右会社が株主に対し株券の一般発行を通知していないことも上記認定のとおりであるから、右商慣習法ないしは商慣習によつて、控訴人に対する関係では、本件株式の権利者となつたといわなければならない。

従つて、被控訴人に対し、原判決添付目録記載の株式について、株主であることと、右会社に対し被控訴人名義に名義書換を請求する権利を有することの確認を求める被控訴人の本訴請求は全部正当であつて、その趣旨を含んだ原判決は相当で、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項によつて本件控訴を棄却した上、被控訴人は当審で請求の趣旨を変更したから、そのことを明にし、控訴審での訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

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